由良高リレー5

「また降ってきやがったな」
ぽつりぽつりと、フロントガラスに丸い跡がつく。道路の脇には鬱蒼と木々が茂り、空を覆うかのように手を広げている。その手を避け届いた雨粒を見て、由良間は呟いた。
車はぐんぐんと坂を上り、空へと近づこうとしている。しかしその空は重い雲に覆われている。坂の上に立つ館は、その雲を背景にしてどこか陰鬱な雰囲気を醸し出していた。
「本降りになる前につくとは思いますよ」
「荷物の運び込みまで持てばいいんだが」
ちらりと荷室に積み込んだマジック道具を、バックミラー越しに眺める。白いワゴンには、本日使うマジック道具が積み込まれていた。といっても由良間一人分であるので、普段と比べれば格段に少ない量だ。それに加え今回の舞台は他の舞台とは違い、個人のパーティーの余興として、精々一時間程度のもの……舞台に立ってのマジックよりも、客人たちの間を縫って人々を楽しませる方が多くなるだろう。自然ステージマジックよりも、クローズアップマジックの方を行うことになる。道具の大半も、会場に仕込む細かなものが多い。
そう多くはないとは言え、殆ど二人だけで荷物を運ぶのはいささか手がかかる。仕方がないとは言え、面倒な気持ちに欠伸をかみ殺し、坂の上に立つ館を見上げた。あそこで今晩夢を紡ぐのだ……


ここに来ることになったのはつい先日、山神からの命令をうけてであった。
団としての大きなツアーが終わり、単発で地方公演をすることはあるが、概ね予定は空いていた。
このような時期には個人でショーをすることもあり、取材や小さいながらもバラエティー番組などのテレビ出演もある。見目が派手な由良間は、そういう仕事が他の団員よりも多くある。ちやほやされるのはいいが、舞台とはまた違った面倒な手続きや人付き合いがあり、マジックを見る観客も少ない。マジシャンとしてではなく、ただのマネキンのような扱いを受けるのは余り好きではなかった。
夏が近づくにつれ、水を扱う夕海は誰よりも忙しそうにしていた、その反面山神はいささか詰まらなそうに見える。左近寺や桜庭の仕事の様子はわからないが、暇を持て余しているということはないだろう。
そのような中で、由良間はとある資産家の誕生日パーティーに呼ばれることになった。幻想魔術団で行っても構わないのだが、舞台に立つ時間は短く、その後もパーティーに参加しそれが終わるまで彼らを楽しませる程度だ。パーティーが何百人単位の物であれば団員全てを連れていく必要もあるだろうが、精々三十人程度だと聞いている。
クローズアップマジックが主になるのであれば、カードマジックやコミックマジックが得意な左近寺が一番うけが良く、客にも指定して呼ばれることが多いのだが、今回の客は由良間を指名したようだった。それが無くとも他の面子にはいくつか先約が組んであったようだが。
その資産家は以前からよくしてくれるパトロンの紹介であったようで、断ることも出来るのではあるが、出来ればそれはしたくないのだと彼は言った。
小さいながらも舞台であり、由良間の嫌う売名の為の「ただ働き」からはほど遠い仕事だ。否やは無いが、少し悩んだ振りをしてからこう言った。
「別にさ行ってもいいけどよ、足として高遠貸してくれよ」
一人での仕事の場合、殆ど単身で行くことが多い。幻想魔術団にはマネージャーが一人しかおらず、彼の仕事は団員全てのスケジュール管理と山神の仕事のフォローが主である。由良間の我儘で振り回しつきあわせることも多いが、本来は由良間に従う必要はない。
由良間の我儘に、山神は少し考えてから
「ああ構わないよ」
と答えた。
マジシャンではない高遠の仕事を、由良間はよく知らない。書類仕事の類は殆ど団長と高遠の二人で行っている。即答ではなかったのは、高遠が抜けるのは余り望ましくないのかもしれない。しかしOKを貰ったのだからと、由良間はにっこりと笑ってサンキュと返事をした。
その後何も知らない高遠が、山神にその旨を告げられて呆気にとられた顔をしていた。その顔の間抜けさに笑うと、少し気を損ねたのか拗ねたような顔を見せた。
一人でも十分な仕事に、高遠を読んだのにはある理由があった。
坂を上り切り、車が館へと辿りつくと、館内からその様子を見ていたのか迎えがやってきた。五十代ほどの白髪の執事服の男と、二十代ほどの同じような格好の男だ。執事とフットマンなのか、彼らは車を降りた由良間たちを見て笑顔を浮かべながら口を開いた。
「幻想魔術団のノーブル由良間様と、そのマネージャーの高遠遙一様ですね。お待ちしておりました。私執事の内藤と申します。彼は使用人の屋節です。お荷物をお運びいたしますね」
「ああそれは助かります、この荷物はこちらで運びますので、このトランクたちを運んでいただいてもいいですか?」
由良間が答えるまでもなく、高遠がずいと前に出て荷物の選別をして渡した。今回は生きたマリオネットを持っては来なかった。会場の天井はトリックを行うには低く、また足場を組むことも出来そうにない。道具の大半はオリジナルギミックを使うこともない単純な仕掛けのものだったので、他人の手に触れられても何ら問題は無かった。
一先ず彼らの手も借りて、館の中に入った。広いフロアを見て高遠は呑気そうな声で「広い家ですねぇ」と口にした。
「ようこそいらっしゃいました、由良間さん……と高遠さんでしたかしら」
声が聞こえそちらを見れば、フロアの奥にある折れ曲がりの階段の中央に女が立っていた。年の頃は三十後半か四十ほどで、手には一抱えもありそうな大きさの人形を持っていた。その人形を見て、由良間は僅かに眉を上げたが、彼女が近づく頃にはポーカーフェイスを浮かべて迎えた。
「この度はお呼びくださり有難うございます」
「ええ、貴方のマジックはとても素晴らしいと常々聞いておりますので、今夜のショーもとても楽しみですわ」
「そのご期待以上の物をお見せすると約束しましょう」
「あら頼もしい。ショーには私の子供たちも一緒に行ってくださるのでしょう?そちらも楽しみだわ」
「ええ……その人形のことなのですが、どれを使わして頂ければいいのでしょうか」
「……その事でしたら、内藤にあの子たちの部屋の鍵を渡していますので、それを受け取ってください。それでは私はこれからパーティーの準備がありますので」
にこりと笑う彼女に、高遠はへこへこと挨拶しているが、その目は人形に持って行かれている。その姿に由良間はにやりと笑みを浮かべた。
彼女との挨拶を終えると、執事に客室へと連れていかれた。その部屋に荷物を置くと休憩をするかと尋ねる執事の言葉を断り、一先ず先にマジックに使う人形を探したいと頼み、人形を置いてある部屋へと案内してもらうことにした。
人形部屋の扉を開けると、そこには大小三十を超すだろう人形が思い思いに陳列されていた。棚の上に置かれているものや、椅子や机を使いまるでそこで生活しているかのように置かれている物も多い。
「では人形をお選終えたら、この鍵で戸締りをしてください」
「ありがとうございます」
ゆっくりと選びたいのでと手を振り、執事を下がらせた。彼の姿が見えなくなると同時に、高遠が食い気味に「ここってどういうお屋敷なんですか!?」と尋ねてきた。
「ははは、驚いたか?さっきあった女主人……未亡人だったか独身だったかは忘れちまったが、彼女は人形作家らしくってな。こういう筋じゃあ人気らしいけど、お前知ってる?」
数日前のオフの日に、二人でアンティーク―ルの博物館に行った。由良間には余り興味がわかない種類ではあるが、目を輝かせてみていた高遠は余程好きなのだろうと思っていた。
「お前好きだろう、人形。ああいうの、俺には良さは全然わかんねぇけどよ。この館には作品が大量に飾られているらしいし、今夜のマジックにも使ってくれって頼まれている。正直傷をつけるわけにはいかねぇから、ちょっとは扱い方わかってるお前に、どう使えばいいか聞きたいってのもあったけどな」
作品を子供とまで呼ぶ彼女のものを使うのだ、壊すのはおろか傷をつけることさえ許されないだろう。生きたマリオネットのように扱ってほしいと言われていたが、バラバラにするわけにもいかない。その大きさに合わせた自転車も無く、縄跳びさせるのも面倒だ。さとみが扱うように少し動かす程度が丁度いいだろう。
「だから僕をここに連れてきたんですか?」
「話聞いてなかったの」
笑って言うと、とても驚いた顔の高遠にぶち当たった。一体何をそんなに驚くことがあったのか。彼とマネージャーと団員の関係を超える様になってからしばらく経つが、よくわからない男だなと思う。
「不気味な館だが、お前が居れば少しはマシだからな……こんな人形とか、どこがいいのやら……」
人形を手に取り、ぶらぶらと手を振らせてみる。紐をつけるにしても、少し頼りない。だが腹話術師のように操るだけではつまらないようにも思う。はてさてどのように扱おうか……ヌイグルミや、生きたマリオネットよりもリアルな造形の人形は、手のかかったものだとは思うのだが、同時に不気味としか言いようがない。幸い等身大なんてものが無いだけマシではあるが、そんなものを操れと望まれても叶えることは難しかっただろう。
思案に暮れていると、突然雷鳴が轟いた。強い光と激しい音に導かれるように、スコールのような雨音が響き始める。
「ぎりぎり間に合ったな、他の客共はまだついていないみたいだが、この雨だと事故でも起こりそうだ……」
行きの坂は向斜が強く、せりだった崖もあった。山沿いの道路だったので、落石注意や転落注意の看板も多くあったように思う。
天気予報では明日は晴れるとなっていたので、帰りに苦労することは無いだろう。大雨ではあるが台風の時ほど降ることもないはずだ、さすがに落石だの土砂災害まではならないだろう。
「まっこっちだけ見ててもわかんねぇし、とりあえず会場の確認をしよう。ある程度資料として渡されたが、今日は立席パーティーらしいから、食事類を乗せたテーブルくらいにしかマジックもし込めないし、舞台がわりのスペースも客からどう見えるかわからないからな」
人形をポンとソファへと投げると高遠に窘める様に声をかけられた。
「乱暴な扱いはいけませんよ」
「ただの人形だろう」
「ええ、三十万ほどするただの人形です」
正気の沙汰じゃあねぇと頭を抱えると、ふふふと高遠が笑い声を上げた。
パーティー会場は、一階の大広間を利用するようで、二人が覗いてみるとその準備のために使用人が忙しなく出入りしていた。部屋の両側には白いクロスが被せられたテーブルが並べられている。
舞台と言っても前方に小さなスペースがあるだけで、高低差もなく目隠しになるようなところもない。スペースの隣のピアノに目が止まり、出入りする使用人に別の部屋に移動させないのかと尋ねれば、ピアニストを呼んでいてBGM代わりに弾かせる予定なのだと言う。
「お前確かピアノ弾けるよな?」
「えっぇぇ……プロ程ではありませんが」
一応尋ねたところ楽譜が無くとも弾けると言う。結構なものだ、由良間の知っている曲であればそれに合わせて人形繰りもできるはずだ。
「十分だ、なら今日のマジックのアシスタントはお前だ。とちるなよ?お前のミスは俺のミスだからな」
「むっ無理ですよぉおお!!僕にはそんなこと、全然できませんよ!」
驚いて手を振る高遠の様子に、由良間はははと声を上げて笑った。
「出来るさ、俺が傍にいるんだからよ」
ある程度確認した後に、廊下に戻れば続々と客たちがやってくるのが見えた。執事たちが来客に慌ただしく応対しているのが見えた。その姿を見るともなしに眺めていると、少し前に別れたばかりの愛人の一人の姿が見えた。客人を迎えに来た女主人と笑いあっている様子を見れば、親しい仲のようだ。
「げっまじかよ……」
「どうかしたんですか?」
「いやいやいや、なんでもない。なーんでもないぞ高遠」
不思議そうに首を傾げる高遠の背中を押し、にっこりと笑ってその場から逃げ出した。人気のない所まで連れ出し、なおを首を傾げる青年の唇にしっと指を押し付けてから、両手で頬を包み込むようにして彼に軽いキスをおくった。
「なっこんなところで、人目についちゃいますよ」
あわわわと慌てふためく姿が可愛らしく、抱きしめればなおさら慌て始める。
「お前が静かにしていたら、誰も気付いたりなんてしやしないさ」
もう一度唇を合わせると、そっと背中に手が回された。
細く頼りない、まるで年端もいかぬ少年のような体をしている。高遠の眼鏡を奪い、自分の胸ポケットに入れる。地味な眼鏡の奥には、可愛らしい顔が隠されている。それを見るのは夜ばかりであったが、舞台に立つのであれば見栄えが良い方がいいだろう。
「高遠……舞台に立つ時は眼鏡を外せよ。可愛い顔を見せてやれ」
「そんな……僕、眼鏡が無いと何も見えないんですよ?」
「何も見る必要なんてないさ、俺だけ見て居ればいい……」
癖のある前髪を払ってやりながら笑えば、高遠もはにかむように笑った。
玄関の方から人の気配が消えるのを感じると、二人は隠れていた場所からそっと抜け出しもう一度人形部屋へと向かった。いくつかの人形をみつくろい、夜のショーまでに、それも机に幾つかのトリックを仕込む時間を抜けば、人形の動かし方を考えプログラムをたてるのにはわずかに時間が足りなかった。
高遠の肩を抱きながら人形部屋に向かう途中、ふと視線を感じ振り向けば人形を抱いた少女が立っていた。ここの子供か、それとも客人の子供なのか。使用人の子供には見えないので、今夜のパーティーにも参加するだろう。スタンダップマジックの時に呼んでやれば、盛り上がるかもしれない。
「なぁ高遠、女の子が喜ぶ人形とかってどんなのだ?こういう人形ならなんでもいいのか?」
人形部屋に戻り、目に付いた人形を手に取る。
「女の子ですか……?女性ではなく?」
「ちっさいガキだよ、八つか七つくらいの……」
「その年頃であれば……」
周囲を眺め、高遠はいくつかの人形で悩んでいたようだが、一つの人形を目にとめるとはっと息を吸い込んだ。
「……では、こんな人形ならどうでしょうか?」

  • 最終更新:2016-08-28 09:25:13

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